「きのこは気温や湿度、使用する木だけでなく、どんな刺激が与えられるか、作る人がどんな話を聞かせるかによって、見た目や形、育ち方まで全く違うんです。
良いきのこ、悪いきのこなんて存在せず、それぞれが個性豊かだから、きのこ作りは面白いんです。」
そう語るのは、小国きんたけ工房代表理事の渡邊拓磨さんです。
拓磨さんの父・正義さんも同じように小国町でなめこや舞茸を育てています。物心ついた時から小国町で米やなめこ、舞茸などを生産する両親を見てきた拓磨さんもきのこ作りに携わることを決めました。
しいたけ作りのきっかけ
きのこ作りを始めることを決めた拓磨さんですが、そこには農家ならではの葛藤があります。
農業の売り上げは作物ができる量に起因します。そのため、作物が作れる面積をどれだけの人数で管理するかは重要な問題です。そこで、拓磨さんは父親の農業に影響を与えない別の部門で農業をしようと決めました。
そこで師匠であるきんたけ工房前代表の佐野さんから、父・正義さんが行っていなかったしいたけ作りを勧められます。今まで実家でも栽培をしていなかったしいたけを栽培するにあたり、早速しいたけ栽培について調べることにした拓磨さんは、しいたけ栽培のおもしろさに感動します。
「しいたけは、長雨が降ると出る、雷が鳴った次の日に出る、等様々な言い伝えがあります。でも、僕の昔から知っているきのこは、そんなことは関係なしに「自然に出てくるもの」だったんです。そこに興味を持って調べてみると、しいたけ作りは環境や育てる人、色々なものから刺激を受けて生きているとわかったんです。それにおもしろさを感じました。」
きのこ作り技術トップクラス『小国町』から生まれた栽培キット
こんなにおもしろいきのこ作りを皆さんにも体感してほしい、その思いからきのこ栽培キットの開発が始まりました。
今は多くの種類のきのこが安定した品質で売り場で売られるようになりましたが、生き物のように敏感なきのこを安定したクウォリティで栽培することができるようになったのはここ30年ほどの話だそうです。
町の90%が森に囲まれる小国町では、昔からのきのこ作りの経験があり、全国で初めてきのこ栽培のクウォリティを安定させたと言われています。
きのこ栽培の楽しみは
実際にキットを手にした皆さんにも成長するきのこをぜひ愛でてほしい、それがきのこ栽培キットの誕生の根源となっています。
「きのこは生き物そのものなんです。」拓磨さんは目を輝かせながらそう言います。
きのこができる仕組みは、菌床が親できのこが子どもです。だから、親である菌床が身の危険を感じると、繁殖のために子であるきのこを出します。実際に栽培キットに付属されるきのこのトリセツにも菌床を12〜14時間水に浸すという工程があります。そうすることで、菌床へ酸素の供給が止まり、菌床は身の危険を感じます。そこからきのこがぽこぽこ生え始めます。
基本的には一つの栽培キットから500グラムのきのこができます。でも、どんな形で、どんな大きさのきのこがどれくらいできるかは育て方次第です。
温度や湿度によってきのこ栽培が変わるのはもちろんですが、実はきのこは人間の言葉がわかるんだと拓磨さんは教えてくれました。
「ある年、職員入り口近くのきのこだけ、商品にならないくらいにしか成長しかしない年があったんです。なので、僕は職員と一緒に、入り口付近のやつらは大きくならないから、一回全部きのこをとってしまおうか、と話していました。すると、それまでやる気のなかった菌床たちからボンボンきのこが出てきたんです。きっと僕たちの話をきいて『やばい!』と思ったんでしょうね(笑)それくらい生き物らしいんですよ。」きのこに聞かせる話にも意識を配るくらい、きのこを愛している拓磨さん。
商品として形や大きさが整った良いきのこがあれば、売り物にすらならない悪いきのこもあり、生産者側も評価をしないといけません。でも、人にも背の高い人、低い人、真面目な人、素直な人等、色々な人がいます。それぞれに良さがあるように、どんな大きさのきのこでも、どんな形のきのこでも全部食べてほしい。
そう話す拓磨さんは本当の我が子のようにきのこを育てる親のようです。
その言葉通り、拓磨さんが育てるきのこは無駄がありません。
大きなきのこは、2~3個パックにしてブランドきのことして出荷します。地元スーパーのアスモはご年配の方が多く、中ぐらいのきのこが好まれるので、程よい大きさのきのこを複数個袋詰めして出荷します。
食用として出せないきのこは粉末にしてクラフトコーラに入れて出荷しています。コーラといえば、身体に悪いイメージがありますが、しいたけがはいっているので健康的と話題です。
「きのこ作りには芽かきが必須ですが、きのこって柄の部分が一番出汁も出るしおいしいところなんですよ。せっかくの柄の部分を芽かきだからといって捨てたくない。さらにきのこづくり自体がオーガニックなものだから、コーラのイメージを変えられるのではと思ったんです。」
一回きりで終わるものより、循環するものがおもしろい
さらに、複数回きのこを採取した菌床は通常廃棄されますが、これを再利用します。小国町が属する置賜地方は日本三大和牛の米沢牛の名産地です。小国町で米沢牛を扱う遠藤畜産の飼育牛のえさとして使用後の菌床を再利用するのです。
クラフトコーラにかける想いもそうですが、きのこを作って食べて終わり。では、つまらない。きのこ栽培を楽しんで、もちろんきのこの美味しさも楽しんで、そのあとも何かに繋がっていくっていうのがおもしろい。きのこ作りの奥の深さを感じられます。
「皆さんがおうちできのこを作ってみた後の菌床をもし僕のところまで持ってきてくれたら、お礼に米沢牛をプレゼントしたいくらいです。きのこを育てて食べるだけでなく、命が繋がっていく過程まで体感していただけると嬉しいです。」
長年培ってきた勘や経験、きのこを研究してるからこその技量が必要な栽培方法を一般の方にもわかりやすく、さらに誰でも栽培できるように展開していくのは普通にきのこを栽培することとは別物で、異なる難しさがあります。ですが、キットを皆さんに届ける思いの根源は、多くの人にきのこの成長を見守る面白さを体感してほしい、どんなきのこも美味しく食べてほしい、という思いが起因しているのです。
目標はみんながきのこを愛でてくれること
溢れるほどのきのこ愛を語ってくれた拓磨さんに将来の目標を聞いてみると「きのこを愛でてほしいんです」と言い、趣味のお写真を見せてくれました。
「きのこと原始人ってすごい合うんですよね」
拓磨さんはきのこ栽培を楽しむために小さな瓶で菌床を育ててカップケーキ風にしたり、菌床の上にフィギアを置いて、きのこ映えを楽しんだり、きのこの新しい楽しみ方を模索しています。
菌床の形というと大きめの直方体を思い浮かべるかと思いますが、拓磨さんはきのこをより楽しんでもらえるようにどれだけ小さいサイズの菌床できのこができるかの研究を続けているそうです。
「例えば自由の女神の掲げている方の手からきのこが生えて、それが傘みたいになったらおもしろいじゃないですか(笑)そうやって、きのこの楽しみ方を味わってほしいですね。」多くの人がきのこ栽培を楽しめるように拓磨さんはきのこの研究を続けていきます。
取材:小国町地域おこし協力隊 西村 美祈